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2022年6月12日 (日)

越中源氏-「走馬燈 女たちの深き欲望」デッサン③

 この「根拠なき自信」でそれ以後の人生をぶっ飛ばしたようなものである。70年前後、早大大隈講堂の裏や学生会館には各演劇サークルの部室があり、それを目当てに他大学の女子学生たちも集まってきていた。不安そうに目をキョロキョロしているから、他大学の女子学生だということはすぐわかる。挨拶し、近くの学生喫茶・早稲田茶房へ案内し、徐々に仲良くなっていく。
 それだけではなく、頭でっかちのワセ女の友達たちと「沖縄問題研究会」「ベトナム反戦同盟」等を作り、夜遅くまで喧々諤々、論議した。余り遅くまで話し込んでいるので、終電を逃す子もいて、流れで上井草のボクの下宿に泊まる子も出てくる。あれほど、攻撃的な女子学生が、いざボクの下宿で電気を消し、「合体」となると、ぶるぶる震えていんの!それでも、前もって経験している子も多く、処女はほとんどいなかった。

 沖縄に通っていたため、教養課程で1年留年し、70年春にようやく専門課程(人文科)に進学できた。歓迎コンパで「ツンでれ」和子と知り合い、それから「半同棲」を始めた。卒業するまで実によく尽くしてくれた。週に1~2度、都立家政にある彼女のアパートへ通い、夕飯を食わせてもらい、その後SEXである。彼女もSEXが好きで、盛りがついた犬のように継がっていた。
 てっきり、卒業後に結婚するつもりで母に紹介し、向こうの母ともお会いし、式の準備に入っていたが、和子が昔のボクの日記を見たため、急遽破談。まさか6年後に同じことが起きるとは予想だにしていなかった。この時はボクが被害者だったが…。

 「捨てる神あらば、拾う神あり」。和子に捨てられ、ワセ女の寿司屋の娘と付き合っている時、「全共闘-解放の女神」恵子から突然の電話がかかってくる。どうせ「中大のイモ女」だろうと高をくくって会ってみると、びっくりするくらい奇麗な4年生だった。ボクの人生、最高の美女である。こちらがドギマギするくらいだった。何故か、恵子がボクを買い被りすぎ、一方的に尽くされた。それが、映画『みやこ』の撮影中、婚約破棄。恵子が「恋する自分」に恋し、自己陶酔し、やがて冷静になった時、「夢追い人」との危うい生活に危機感を持ったのだろう。

 いろんなトラブルが続いたが、なんとか74年春には『みやこ』が完成した。しかし、興行は惨敗。赤字だけが積みあがった。
 やはり、観客は刺激を求めているのだ。沖縄の孤島の島民の生活なんぞ、興味がないんだ。その現実を客から突き上げられ、映画の方法を考え直した。ドキュメンタリーの素材は魅力がなくてはいけない。それが『沖縄のハルモニ―証言・従軍慰安婦』の作品作りに反映していく。
 不幸中の幸いなことに、文化庁1974年度芸術家在外研修生に『みやこ』の監督、ボクが受かった。本来ならば、本命の東宝監督が通るはずだったが、たまたま老審査委員の一人と喧嘩していて、その人の強力な反対で、まさかの落選である。代わりにキャリアがほとんどないボクが出した、「1930年代英国記録映画運動の研究」という地味な研究テーマが長老審査委員たちの気に入れられ、当選することになる。
 「当選です」と文化庁から連絡があった時、我が頬を叩いてみた。痛い、やはり本当なのだ。

 74年11月から英国文化振興会(BC)から紹介されたシャーロック・ホームズ宅近くのフラット(ベーカーストリート)で生活することとなる。立派な住宅である。初めのうち、真面目にBFI試写室に通い、戦前の英国記録映画を見ていたが、予想以上に退屈だった。書物も心惹かれるものはなかった。代わりにルイス・ブニュエル(スペイン)、ケン・ラッセル(英)という狂ったような映画を撮り続けている監督に心をわしずかみにされ、ロンドンの情報誌「Time Out」を持って、両監督作品の「追っかけ」になった。

 一方、余りにも英会話ができないので、公立英語学校へ通った。安い費用なので、アジアやアフリカなどの移民たちが多かったが、中には20歳前後の日本女性グループもいた。「自分探し」の旅を英国で続けているのだ。多くは高校卒業後、働いてから金をため、友人、知人を頼って英国に来る女性たちである。英国の人たちが眉をしかめる貧民街アールスコートの安フラットに友人たちと住み、金がある間は英語学校に通い、乏しくなれば「オペア」(女中のようなもの)として働いていた。何人かと友達になり、ベーカーストリートのフラットへ招待したが、余りの豪壮さに驚く女性が普通だった。
 ある可愛い19歳の少女とアイルランドへ4泊5日一周したが、夜いざまぐ合おうとしたが、「女性自身」に入らないのである。おそらく処女だったのだろう。余りにも、頑なで挿入を諦めた。ボクの人生では最初で最後の体験である。いろんな女性がいる。

 

 

 

 

 

 

 

 

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