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2022年6月15日 (水)

越中源氏ー「走馬燈 女たちの深き欲望」デッサン⑤  

 ボクたち、団塊の世代、特に周りに多い全共闘世代の男たちは、えてして女性たちを理想化しがちである。女たちのリアルな性欲を見ようとはしない。男たち同様、女も性欲が強いのである。ボクは最初の体験である沖縄での少女たちの「逆ナンパ」をたまたま体験して、そういう考えを次第に育んできた。第一婚約者の「ツンでれ」和子に始まり、第七婚約者ミシエルに至るまで、ボクの確信-「女たちの深き欲望」は徐々に固まっていった。
 理想化する原因は、学校で具体的に「性教育」しないからである。体の構造、特に「男性自身」「女性自身」をあえて、細かに教えれば、納得すると思う。男女の「性差」は歴然としてあるのである。そして、変な「理想化」も消滅する。現在の子供たちに較べ、残念ながら、ボクたち、団塊の世代は具体的な「性教育」を受けてこなかった。下宿先でセピア色に変色した「女性自身」の写真をこっそりと皆で見ることが、唯一の「性教育」だった。

 今日も新宿、渋谷のミニシアターでは、「自分探しの旅」を模索している人たちが多い。年齢はあまり関係がない。「美しいがゆえに」の百合子の例がある。古希なのに、自分を本当に理解してくれるようなパートナーをおずおずと求めている。
 負けずに、古希を過ぎても、ボクの同期のように、女性を探し求めて、白髪を染め、レアなビフテキを毎夕食に食べている人もいるのである。男の30%前後は未婚、離婚で孤独死を迎える。同じく独り身の女たちは介護を考え、60歳を過ぎた男性は、パートナーとして問題外である。でも大歌人・斎藤茂吉のように52歳の時に28歳下の弟子・永井ふさ子に出会い、「あなたの体を思い出すだけで、ボクは眠れません」と、まるで高校生のようだと思う。でも、初老の茂吉は24歳の美女に夢中になり、体力の限り、振り絞って、精液を出しているのである。よくぞ、腹上死しなかった。よぼよぼの茂吉を受け入れたのは、24歳の永井ふさ子の師・茂吉へ尊敬である(永井ふさ子著「斎藤茂吉・愛の手紙に寄せて」 求竜堂 1981)。
 
 女性自身は「ブラックホール」だと、ボクは思う。時間、金、体力、そして精液すらギリギリ吸い取るのだが、頭では判っていながら、男たちは魅力に抗えず、吸い寄せられていくのである。幸い、軽度の段階で手を引けば、致命傷にはならない。しかし、「全身クラリネット」明子のような感度の良い女体を知ってしまうと、荒淫の果てに古希の前に疲労死する売れっ子ライターが出てくる。

 ボクのようなB級監督兼書き下ろし作家が「脳卒中」「心筋梗塞」「大腸憩室出血」等、全身重い後遺症だらけで生き延びていることは自体が奇跡である。確かに目、頭の毛は薄くなっているし、耳は補聴器を入れないとよく完全に聞き取れないし、かんじんの「男性自身」も21年3月椅子から転げ落ちて以来、勃起不全である。歩くのでさえ、補助器(サード・ケイン)がないとお手上げである。お迎えが来るのは時間の問題である。
 でも、やることはやったし、ほとんど思い残すことはない。ただもう一つだけ、ささやかな希望がある。それは茂吉が死ぬ間際に永井ふさ子に出会い、最後の命の炎を燃やし尽くしたように、ボクも第二の「全身クラリネット」明子にぶつかりたい。そのため、「艶福者」として、多くの女友達を作り、その中で第二の明子と出会いたい、と強く思っている・・・。
 

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