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2019年2月17日 (日)

足の痛みを堪えながら3月23日アップリンク上映準備をしています。

 1月25日(金)に足踵にできた潰瘍を削ぎ落す手術を受け、殺菌効果ミスで雑菌が入り、この3週間、入院、通院が続き、山谷個人商店はてんや、わんやだった。まず、『座・高円寺』主催の2月8日「戦争とドキュメンタリー」展で、『沖縄のハルモニ』は出品できたが、肝心のゲストのぼくが行けるか、いささか自信がなかったが、主催者たちの熱気に打たれ、なんとか観客の前に姿を現すことが出来た。

 幸い、『ハルモニ』の編集を独断でやった安岡卓治くんの司会で、つつがなくトークを終えることが出来た。しかし、ぼくはと言えばヘロヘロの状態で、帰宅後寝込んでしまった。退院は2月5日(火)だったが、右足に力が入らず、自宅でもかみさんや息子の手を借りねば、日常動作が出来なかった。

 それが日一日、、痛みが薄らぎ、傷口にピンク色のかさぶたのようなものが出来てくると、まだまだ両足で歩くのは無理だが、なんとか伝い歩きできるようになった。現在住んでいる光が丘UR(旧公団)は、ほとんどがバリアフリーに設計されて、そういう面では助かるが、まだまだ段差が残っているところがある。廊下から居室へ移るところに、わずか2センチぐらいの敷居があるが、いったんキャスター付きの椅子から降り、新しいキャスター付きの椅子に移らなければならない。

 健常者だったら何の問題もないが、右足が萎えているぼくにとっては「鬼門」だった。しかし、2月11日ぐらいから一人で乗り移れるようになった。しみじみと筋力、特に腹筋の大切さがよく解かるようになった。

 体力がついてくると、今度は3月23日アップリンク渋谷での「第六回『沖縄のハルモニ』上映」の準備に追われるようになった。幸い、デザイナーの奮闘により、5000枚のビラは『座・高円寺』や、渋谷・新宿・東中野・吉祥寺等のミニシアターに配布されている。それに今回初めてチームを組む安海龍監督(ソウル在住)が日本の仲間を総動員して、3月23日の『ダイビング・ベルーセウォル号の真実』を満員にすると約束しているので、安心している半面、不安であることは事実である。

 でもセウォル号は2014年4月16日に300人余りの高校生を載せ、珍島沖で沈没しているにもかかわらず、「動くな」と一方的に指示を出し、そのくせ船長たちは海洋警察に保護されている。
 現在のもつれにもつれた日韓関係を考えるうえで、セウォル号事件は一つの答えのヒントを出している。自分さえ助かれば、自分の命令で、他人がどれだけ死のうが構わないのである。余りにも無責任すぎる。
 沈没した日、4月16日はつい間近である。3月23日の上映会は安監督の他に多くの映画人が集まると聞いている。どれほど、盛り上がるか、楽しみである。

 かみさんの助けを借り、今日から50通の手紙を書いていく。遅れに遅れたが、3月1日までには、すべて郵送したいと決意している。ぼく直筆の手紙が意外に効果的なのである。
 ぼくの手紙は、人間としてまだ「伸びしろ」がある、と踏んだ人にしか出さない。
 言い換えるならば、可能性を評価した「幸運の手紙」なのである。手紙が配達された人は、喜んで良い!

 まあ、痛みが薄らぐまで外出を控えているが、2月下旬から少しづつ外出する。久しぶりにまた友人、知人たちの顔を見に行きたい…。

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コメント

公務員など逆らえない人間だけを攻め立てるイエロージャーナリスト。
本当に勇気があるならアウトローの世界の取材して批判文を書いたら?
後、人を学歴やどこに所属しているかブランドでしか判断できない視野狭窄。だからアングラの世界でしか支持されない。だから金がない。

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